投稿日 2016-06-12
本山町大石地区の6月


日曜日、雨の朝です。

お百姓さんには休みがない。正しく言うと、ナンボでも仕事が見つかる!つまりキリがない仕事なのです。

田舎で暮らして農業をしていると、単に田畑だけではなく、動物であったり、山の仕事であったり、草刈りや、水道・屋根を直したりと環境整備が山ほどある。ほんまキリがない・・・。

で、それらをお百姓さんは嘆いているかというと、そうでもない。まあ、しんどい仕事はしんどいけど、淡々と事を終わらせていく。とくに農業という産業はおおまかに1年に1回しかない作業が多いため、その時期にその仕事を足らないと、後の祭りになってしまう事が多い。なんぼ頑張っても1年に2回米は作れない。とてもスローな産業なのです、農業は。


梅雨入りし、大石地区の棚田にはほぼ田植えが終わり、ひとくつろぎしている時間が流れている。この辺では田植えの終わった農家さんには「くつろいだねー」と声掛けしていくのが挨拶である。1年の大仕事はこれで半分過ぎたも同然。あとはマメに田んぼに足を運び、畔(あぜ)の草刈り、水の管理をすればほぼあとは秋の実りを待つだけ。といっても、ココに書いてあるように足蹴に田んぼに通うという作業が大事なのだ。

「稲は主人の足音を聞いて育つ」

という言葉がある。

確かにIT技術を駆使して大規模で遠隔操作やモニターでデータ収集する農業もあるが、ここでは似合わない。というか無理だろう。あまりにも自然地形で形成された田んぼ、水も沢水や湧水で作られた田んぼが多いため、初期データを打ち込むのには膨大な時間と緻密さが要求されるからだ。やっぱり人間が管理しないとダメな土地柄なのです。

現在は朝5時ごろには空は明るくなり、夜は7時過ぎまで明るい。

労働基準規範そっちのけの仕事が田舎にはたんまりある。仕事として捉えたら、嫌になってしまう。じゃあみんななんでやり続けているのか・・。きっとそれは使命感であったり義務感であったりする要素が大きいのではないか。でもみんなそんな悲壮感はまったくない。逆に「しんどいでぇ」と言いながらその口元は緩んでいる。どこか楽しそう。

 



高知県本山町大石地区。非効率な地形でなぜか棚田での農作業が今日も400年以来続く。人口は毎年減少しているが、この時期は地区の真ん中を走る車、あちこちの田んぼで見かける農作業している姿、それらといちいち挨拶をしていく。

遠くの田んぼでアタマをペコリ、また手をあげ会釈をしていく。そんな風景が今の大石地区

田んぼを中心に人の暮らしが今日も。すべて米作りの時間で人が動いていく。農耕民族の原風景がココにはある。

ある人が言った

「バリ島のウブドゥみたい」

そう、ココでの生活は神様が宿っているのです。

「稲は主人の足音で育つ」

パソコンやスマホでは神様は見えない。

野に出よう。

雨の日曜、高知県本山町大石地区より


 

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