投稿日 2016-06-15
お金がなかったからね。リアルマネーの虎


今日は、赤裸々に明かしたいと思う

農業を志したのはいつの日だったのか?

青年時代。年の頃19~22歳。時代はバブルの終末期。3畳一間の風呂なし便所無し。敷金礼金なし家賃9千円。廃墟寸前ビルの一室であった。でも、実入りが少なくても精一杯に部屋を飾り、結構イケていたと思う部屋でした。

場所柄、遊び人の友達数人が入りびたり、毎晩遊びまくって、お金使って、「あ~ちょーたのしー」みたいなことをしていても、そんなのすぐに飽きてしまう。ひとりいろんな公園や実術店、動物園などに出かけ遊びのストレスを解消していたものです。

仕事は花屋さんで働いて、とても良くしてもらった。旅行に行きたいと言っても「あいよ」と平気で1か月ぐらい休みもくれた、とても良い職場だったんですが、どうも自分は勤め人が向いていないとずっと悩みを抱えていた。

そしてとうとう片道切符を持って2年半という遠い旅に出てしまった。場所は東南アジアを中心に。でもね、やっぱり満たされなかったね。なんだかプータローの野望というものは単純で大した意味のないことが多いので、すぐに解決してしまう。

帰国後、またあの古いアパートに戻って、ただ時間を使っただけでした。根本は何も解決していなく、何も成長はしていなかったんですね、世間的には。

 

たまたま、北関東の農場へ。そこで衝撃を受けた。

「食べ物って美味しいっ!」

おそらくはじめて食べ物で感動した瞬間だったと思う。

「こんな感動するモノ自分もやってみたい」そう思ってそこに居候生活。朝から規則正しい生活、3食食べる、夜は早く寝る、こんな当たり前の生活。食べ物を育て、施設もセルフビルド、エネルギーも自家発電を目指し風車も建てる、そんな自給を目指すライフスタイル。でもそれは決して対外的なものではなく、自ら楽しみ、息の長い趣味の延長みたいな感があったのが素敵でした。

「おれもいつかこんな人になりたい」

 

その後、自立をめざし、本格的に野菜作りを学びに研修施設に。

2年後・・・

そして、妻と出会い、まったく収入もなく(貯金は私と妻で30万円)結婚しよーで、四国で土地探し。その当時は今みたいにスマホいじってチャッチャッチャで情報収集出来っこないから、ひたすら時間をかけて探してヘマこいて・・・やっとココ高知県本山町にたどり着いた。

 

ちょっと、あまりに長いフリになってしまったね。

ココからが本題

「吉永さんのところは株式会社なんですか?すごいですね」

と、人によく言われる。確かに一般の人から見れば起業家のように見えて、知らない世界のように聞こえるかもしれない。でもね誰でも会社は作れますし、今の時代「資本金1円」でも会社は作れます。

なぜ私たちは株式会社なのか?それはお金と信用がなかったからです。

その時代、農家の金融機関は農協オンリーでした。農林中金も新規参入者にはお金も貸してくれません。もちろん民間の金融機関もまったく相手にしてくれません。

お金のないわたしたち。けど農業はしたい。でも施設も必要だし、何せ新規参入者にはスピードが必要だと思ったからです。どうしてか?それは情熱の持続です。情熱なんてすぐに消えてしまいます。ひとつの事をやり続けると、情熱だけでは持続性がないわけですよね。使命感であったり向上心であったり責任感や義務もそうかな? まあ私には、情熱の持続は私はムリと思ったわけですよ。

で、じゃあ、農協からお金は借りれるか?答えはイエス。しかしそれは既存の農家さんでした、その時代。新規の農家には融資はできなかった、いや役員会が通らないということです。それは農協が悪いんじゃなく時代が悪いだけなんです。しかも、その時代の農協は法人も認めていない。融資どころか買い掛けも出来ないぐらい、とても厳しい時代でした。

 

じゃあどうする?オレ。

会社にしちまおう。適当に事業計画作って、銀行を拝み倒そうぜ!と計画したわけです。まあ、そんなの簡単に通るわけがないので何度も親戚や事業家の方に相談して、計画書を作り練習したわけです。

「これは一発勝負やで」

緊張しますよね。寝ずに計画書を作ったことを今でも思い出します。ゾッとしますね。

Xデーの日。

その頃、運がよく、農林中金が国民金融公庫になったばかりで、融資をジャブジャブしていた。高知県の無利子制度資金も何とかなりそう。この2つにまずうなずいてもらい、協調融資で民間金融機関にも参加してもらった。

つまり、3者の金を集めるで。

 

いろいろありながら・・・

おめでとう、おれ。

 

事業に必要なものによく言われるのが「人、モノ、カネ」ですが、そうでしょうか?「運、努力、笑顔」そんな気がする。何事も笑顔がないと前向きになれない。いいことをしようとしても、笑うぐらいの余裕がなければ、結果も良くない。取りあえず愛想笑いでもしてみようぜ、新米百姓。

マネー獲得した後は、スピードを上げてチャッチャチャとハウス建設、出荷場確保、資材購入などなど・・・一気に走り出した。そして現在まで至るわけです。

 

*まとめ

なぜ、株式会社なのですか?

その質問の答えは

「金がなかったからです」

ただそれだけですよ。そんだけ。

 

マネーの虎風に

「コイツは現金を掴み取った・・・この男の野望に虎たちはひれ伏した・・・マネー成立である」

2700万円掴んだ男です。


 

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