投稿日 2016-06-20
山に入ろう、そして遊ぼう!


トマトの出荷がそろそろトップシーズンを迎える。毎日獲れる赤くなったトマトはすぐに熟してしまい、商品価値がなくなるので日々ドンドン右から左へ出荷しなくてはならない。これが私たち農場の経済の大黒柱である。

出荷がある段取りが着くと、今度はそれぞれの作物の手入れや、農場の環境整備も怠ってはいけない。その中で最も多い作業が草刈り。

うちにはちょいとした山林がある。

農作業の合間に、草刈り機やチェンソーを持って時々山に入る。

エンジン音が山に響きわたる。エンジンを切った瞬間に、あっという間にそこには山の世界が広がるんです。いくつもの鳥の声、風で木がしなる音、沢から流れるせせらぎの音。渇いたのどに水を飲み顔を洗う。その時ばかりは山の世界に入ってとても気持ちがいい。

マイナスイオンだの、セラピーロードなど、そんなシャレた事はよくわからん。ただ山の神様の懐に入っただけなのだ。

 

もともと、山に囲まれ自然が多い土地柄。いくらアスファルトであろうが、セメントで固めようが、自然の力ってエライもんで、放って置くと、ものすごいスピードで山として還ろうという回復力を見せる。これは人間が到底コントロールできるものではない。ある程度の抑制をすることぐらいで、人のチカラはこのような環境では無力に等しい。

さて、わたしは「人が山に入らなくなったことが、豊かさを失っていった」と感じている。

その昔は、といってもそんなに昔ではない。たかが30年前ぐらいのことでしょうか?

人の生活には山は永遠の恵みを与えてくれる財産でした。なにも資産価値ではなく、お金じゃなく途絶えることのない永遠の財産でした。恩恵として、まず、水があります。今は蛇口をひねれば勝手に水は出る時代。けどその水の源はすべて山からです。どれだけハイテクが進もうが、今でも山で作られた一滴の水滴によって人の生活用水になっています。

他には、材木、山菜、紙、竹やツルなどでの生活雑貨の材料、季節の果物、そして貴重な動物性たんぱく・・・。そのようなものはすべて山からの恵みなんです。

このような山が今はほとんど価値のないようなものに、日本は下手な仕組みを作ってしまった。とんでもない価値の低い財産となってしまった。ココでは明かせないが、本当に悲しいぐらい資産価値として、暴落してしまった。

本当に良いのだろうか?

数々ある恵みを与えてくれる山に、そんなにみんな背を向けていいのだろうか?

確かに、現代は水も食べ物も生活雑貨も材木もすべてスーパーやホームセンターで買える。何不自由しない。けどそこには何かの理由でストップしてしまう危険性もあることも忘れてはいけない。そうなると山の価値は上がるかもしれないが、おそらくそのような状態になる頃には、山は荒れ果て、開発するにも莫大な費用を要し、乱れた世の中になってしまうだろう。

「理想とビジネス」

永遠のテーマかもしれないが、田舎で百姓する私は今日も葛藤する。山の価値ってどうしてこんなに低いのか。ここでこうやって山の手入れは結果川下の都市生活者のためでもあるのになぁ・・・と。「山の手入れ仕事」となるとどうしても硬くなってしまう。

だから「山で遊ぼう」

大人が遊ぼうぜ!ナタ持って、チェンソー持って、マムシ捕まえて、草むらでウ〇コしても気持ちいいぞ!

それが結果として、水を作り、実りを作り、私たちの途絶えることのない豊かさを与えてくれるはずです。

お金じゃなく、価値として山が見直されて欲しいと願う今日です。

そのまず一歩

山に入ろう、そして

「山で遊ぼう、大人どもよ!!」

永遠の豊かさがきっとそこにはある。

 

 


 

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