投稿日 2016-07-04
ブランド牛はもういらない。


昨日、おとといと連日で寄合いがあり、2日続けて牛肉を食べることに。

年齢と共に身体の環境が変わってきていて、どうもここ数年牛肉を好んで食べることが無くなった。どうしても次の日が怠くなるというか、お腹の調子も悪くなる。一切れ二切れぐらいだったら大丈夫だが、それ以上になるともう身体が悪い反応してしまう。

いくら、ブランド牛も希少なレアな部位でもダメ、脂の多い所なんて顕著に表れる。特に焼肉なんかだと。まあ、せいぜいおでんの牛スジぐらいですかね、美味しいと食べれるものは。

さて、ココから批判承知で書いてみる。

最近はどこどこ牛がおいしいだの、貴重だのPR合戦のようなことがある。でも、どうなんですか?そんなに違うのですか?本当に美味しいと感じるんですか?食べたい欲求があるのですか?

叱られますよね。私の友人に何人もの畜産家はいます。みんなマジメにやっています。一生懸命育てています。それは重々承知の上。

でもね、〇〇牛って言ったって、外国からの飼料依存比率が高い。自給率が低すぎる。ここをまずなんとかしないと・・。

自給率が上がらない大きな理由

国土の狭い日本では、畜産業で使う飼料の原料を十分に生産することができませんでした。また、国内で生産できたとしても価格が高く、結局、そのほとんどを輸入に頼らざるを得ません。

国内で育てている家畜も飼料までさかのぼればほとんどが輸入。牛肉の場合、消費量に対して国内で生産しているのは43%。

ただし、飼料までさかのぼりカロリーベースの食料自給率はわずか11%となってしまいます。

日本人が1年間に食べるお米が約900万トンと言われています。そしてトウモロコシの輸入量は1600万トン。どうですか?日本人ってそんなにトウモロコシ食べていますか?そうです、家畜のエサです。

一方で、スーパーなどの期限切れ食品や、飲食店や家での食べ残しなどを大量に捨てています。なんと年間にして1900万t。供給される食料の25%以上を廃棄しているということになります。

わたしたち日本人は食に対しての考えを改めなければいけないのではないでしょうか。

 

どこでも、金太郎飴のようなブランド合戦キャッチフレーズで、あま~いとか、とろけるぅ~、ましてやヘルシ~~なんてキャッチも。

さて、本題に行く。

けっして牛を食べるなとは言っていない。ブランド牛とやつが、バカバカしいのである。牛の個体を見て、「その牛食べたい」なんて思わないでしょ。どう選ぶか?私は思う。

「その人の育てた牛なら食べてみたい」と。

別に〇〇牛にこだわってないし、豚でも鶏でも。所詮画一的な平凡な味のラインなんです。でも、その人とはその人しかいない。生きざま、思い、夢、人柄、環境などなど。その人の持つ具現化された分身なんだと。

未だに、産地などでは統一されたブランディングが行われている。大産地ならいざ知らず小さな地域の産地づくりは、美味しいだとかそんなキャッチではなく、もっと作っている人それぞれの個性が伝わるようなリリースがいい。ブランドを欲しがっているのは流通業者であって、お客さんではない。マーケットが縮小する日本ではもっと個性が前面に出て、長い息のブランディングをしていかないといけない。

生産者は無垢で消極的な人が多い。その人に奮闘しなさいと言っても可哀そう。ようは、仕掛け人の資質の問題だらけである。陳腐なコンサルティングなどいらない。成功事例のコピーペーストを田舎に持ってこないでほしい。そんなことをすると全国どこでも同じ金太郎あめになるだけです。

そんなこんなで、2日連続でアホみたいにありがたくブランド牛でもてなす場面にうんざりしていた。もうそんなものいらないです。いるのは「作る(育てる)人の魅力」を掘り下げる事なんですよ。

さて、私は好きなお肉は・・・

そこら辺の庭にいる卵を産み終った廃鶏です。硬くていい味が出るんですよ。それを骨がキレイになるまで食べつくす。命と、育てた人に感謝しながら。

土の上で草を食む景色、庭で虫をついばむニワトリ、泥まみれになって喜んでいる豚、そんな光景がうれしいのです。

がんばろう、ニッポン農業!


 

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