投稿日 2016-07-08
都合のええ解釈したらええ。


先日、当農園にとあるミシュラン2つ星のシェフが参られた。とても気さくで、こちらが質問することに対しても正直、丁寧に教えてくれた。特に米にこだわりがある料理屋さんで、様々な米に対する持論を持っていることに興味深く話を聞かせてくれた。到底、同等の立場ではないので、返す言葉もなく、ただうんうんと頭を上下する事しかできなかった。会話としてはあまり面白くないかもしれないが、私はその人の世界観に吸い込まれいった。こういう高い位置の板前さんはこんな考えを持っているのか?都会にいながらここまで田舎の現場を知ろうとしてる姿に感銘を受けた。

 

そして今日、高知市の人気店であるresort dining Se Relaxer」さん


急きょ来園された。わずか2時間の滞在だったがとても面白かったのでレビューしたい。

申し訳ないが、このようなお店には縁がなかったので存じてなった。どんな方だろう?いつもこのように人をつないでくれるのは「こうち暮らしの楽校」松田さん。

いつもありがとうございます。

 

さて、いつものように、出荷場、畑、お昼ご飯と同行し、たくさん話をさせていただいた。その中の会話で。

料理って言うのは、素材を美味しくするだけじゃ物足りない。お客さんを喜ばすだけでもない。そこへ素材を提供してくれる生産者の気持ちを知り、乗っけていきたい。その方が料理人として楽しい!とおっしゃっていただいた。

うん、うん。そのような扱われ方される生産者は百姓冥利に尽きます。

お店の食材として採用なるかどうかわからないが、精一杯説明させていただいた。特に伝えたかったのは、食材でなく「集落」のバックボーンがあっての農業の取り組みであること。田畑、山、水、ケモノ、夢、家族・・・・。それらひっくるめて農業をしているんだと。

私たち生産者は、お金稼ぐための手段ではあるけど、それだけではない。長い年月、積み重ねられた歴史を背負い、暗い日本社会に対して、アホな明るい未来図を描き、毎日自然と格闘している。そしてほんの少しだけ恵みが頂ける、そんな循環をしたいのです。そしてそれらを私たちは、伝えることに力を入れていかなければならない。確かに、いいことばかりじゃなく、長年農業をしていると多々自然の驚異にも、人間関係でも深い傷を負う事もある。しかし歴史から見ればほんの一瞬。また起きてドンドン進めばいい。

 

私は料理は得意じゃない。でも食べる事はメチャクチャ好き。そして料理人の方も好き。本当にこの人たちの操作によってその日一日、いや、数年にわたってインパクトを与え記憶の歴史となる場合もある。その歴史とは、おそらく皆さんも記憶にあると思うが、それって決して美味しいだけでは記憶の歴史にはなりませんよね。そこにはまわりの状況も必要なのです。家族で食べた中華料理、恋人と食べたやっすいラーメン、ドキドキの初めてのデートで食べたオムライス、結婚記念日、子供の誕生日・・・また、思い出したくもない涙の食事の時も。

いろいろと記憶があると思う。でもその現実って確かにあり、たまには、かなりデフォルメもされていると思う。そのデフォルメのひとつの役目が料理人の存在ではないかと思う、記憶に残る食場面って。

料理人ってすごい。人生に刻み込まれます。わたしの記憶の料理人、それは地元の中華屋さんのオッチャンだ。母親と食べた涙の味のしょっぱい中華飯でした。詳細は言えないけど、注文もしてないのに食後そっと出してくれたプリンだった。「これ、そこの〇〇ちゃんの卵で作ったプリン。食べや」そのプリンの上にはオッサンが書いた場違いな生クリームて作ったハートマークが。それを見て思わず噴き出した。このオッサンの気遣いだった。帰り際にお会計を済まし、声を掛けられた。

「都合のええ解釈したら、明日は笑顔っ」って。

そしたら、元気が出て、足軽に帰った記憶がある。

粋なオッサンの愛情表現。

料理人も、農家もひょっとしたら、お客さん関係なく都合のええ解釈で仕事をしたら、もっといいものが出来るかもしれない。

それはひょっとしたら「世界観」なのかも。

愛って勘違いから始まるんですよ。

あらっ、カッコいい!

都合のええ解釈です。


 

コメント

お願い:コメントの前か後ろにお名前をご入力ください。^^