長い長いオリンピック、パラリンピック、ずいぶん楽しませていただきました。
普通にスポーツってええなぁ。
一流の人の競技って美しいし、おもしろい。
まったく見たことないスポーツだって、真剣に見てルールを憶えたら面白かった。
私は、小さい時、武道をしていた。
街道場へほぼ毎日。はじめはとても面白かった。近所の友達や、学校と違う世界があり、おもしろかった。はじめは・・・。
小学校高学年になると、今度は競技として成績を求められさせられた。
ときどき、そこそこの成績を上げ、家族や道場の人たちが喜んでいた。
でもいつもうまくいくとは限らない。
スランプだってある。
失敗すれば連帯責任、正坐、電気椅子、馬鹿でかい声であいさつ・・・・。
理解できないけど空気でやっていたね。
人間形成も出来ていない子供が、なんであんなに負担をしないといけないのだろう。
友達と遊びたいのに、いつも5時30分には道場に行かないといけない。いつも悔しかった。
だから、自然とひとりで遊べることを憶えて行った。そのひとつが釣りだった。しかも早朝、学校へ行く前。そのうち人とつるむ事もしんどくなった。
素直な子は、これっぽちのことではめげず、練習を重ね、腕を上げていくんだろう。
中学校に入り、周りの空気を読み、小学校からの同じ武道の部活へ入る。
街道場ではなかった、先輩後輩という縦社会を思い知らされる。
それなりの成績を引っ提げ中学校の部活に入ったものですから、期待され、一年生の夏休みにはいきなり試合に出され、普通ぐらいの成績を残した。
上級生の先輩でレギュラーになれず、ペーペーの小学生上がりのバカが試合に出たものですから、その先輩からは、陰でお叱りを受けるんですね。
それで、退部した。その武道からも足を洗った。
しばらく、そのことの記憶を消していた。
これでやっと好きなことが出来る。
時は経ち、大人になり子どもが3人できた。
何も言わないのに、勝手にみんなスポーツを小学生低学年から始めた。
それぞれのスポーツ。
やっぱり、変わってなかった。
滑稽な挨拶、連帯責任、意味もない我慢大会・・・。
確かに、うさぎ跳びや、電気椅子、水を飲むななんてことはなくなっていたが・・。
そんな時に、あのPL学園の桑田真澄の著書「心の野球」
これを読んで腑に落ちた。
日本のスポーツって大日本帝国の軍隊主義から来てるんだ。
統率という本質を書き替え、「団結」や「素晴らしさ」とかそれらしいマイルドな言葉に変わってきたが、本質は統率にある。
この精神がいまだ平成の世の中になっても残っている。
アナタはそのスポーツって何のためにやっているの?
アナタは何を伝えたくて指導者をやっているの?
これが双方合致しない限り上手くいくはずない。
今も忘れない。昭和に時代から平成になっても。
「礼儀正しくなる!」
未だにこんなことを言っている指導者がいる。
オレは言いたいね。
「子どもやん」
子どもが礼儀正しい?
それって心無いでしょ?
気持ち悪いでしょ。
子どもの特権は、大人が持っていないキラキラした瞳を輝かすことが出来る生き物なんですよ。
それを奪っちゃいけない。
オリンピック、パラリンピックをみて。
何か生涯スポーツを見つけたいな。
今さらながら。
マスターズだってあるもんね。
こんなんで全国目指そうか
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