投稿日 2016-09-18
さよならからはじまる


これを聞きながらどうぞ

春に進学のために家を出ていった娘が、夏休みを利用して久しぶりに帰ってきた。

我が家にとって第一子の娘。

田舎で生まれ育ち、希望を胸に円満で家を巣立っていった。

ブログ・「さくら雨の朝に」

家を出て行った数日は、感傷的になったけど、すぐさまちゃんと残った2人の子供が手を焼いてくれて、慌ただしいいつもの日常に。




 

夏休みに入り、久しぶりに娘が帰ってくる。

私たち夫婦は指折りその日を待って・・・。

帰ってきた娘はいつものように笑顔で、ちょっとだけ身体も細くなっていた。話を聞くと、かなりケチケチで一人暮らしをしているらしい。当たり前だがうちは裕福ではない。仕送りもギリギリで、余裕なんて与えれるわけがない。それでもアルバイトしなくてもいいように経済的支援は行っている。いろいろ工夫しながら生活術を身に着けているようだ。

 

ここから質問攻め。野暮だとわかっていても質問しまくり。そして怒られる。

「同じこと何回も聞かんといてっ!」

「アホな質問せんといてっ!」

「そんなこと母さんに聞きやっ!」

と・・・

全国のお父さん、そんなもんですか??

約一か月の在宅期間、毎日バイトなどで娘は忙しく、日中はほぼいない。それでも夜は毎日楽しい食卓があった。

一瞬、忘れかけていたいつもの家族の食卓がそこにある。またあのころと同じ家族だんらんが。

やっぱりみんなが揃う事が何よりも私にはウレシイ。





 

思い返せば、わたしの若い時はひどいもんだった。ろくに家にも帰らない。食事だって勝手に済ませてしまう。楽しい会話なんてなかった。おまけに居心地が悪くてすぐに実家を後にしたもんだった。親不孝もいいとこ。

 




 

そんなこんなで、娘が帰る日が近づくと、急に感傷的なっていく。

そこにあるのが当たり前のモノ、当たり前の風景などが失われる時っていうのは、本当にさみしいもんです。どうもならんけど。

都会と違い、田舎では新しいモノ、事、が出来るときってあまりない。珍しいことなんです。

かたや、失っていくことは多いのです。

人、学校、お店・・・。失っていくことの方が断然多い。だから生まれることは本当にお祭り騒ぎぐらいのこと。期待もしてしまう。それが田舎なのです。

 

娘はうちの家族の風景から一時的に消えてしまったのかもしれないが、彼女にとって今は「新しいモノを産み出す」タイミングなんだ。

彼女たちの未来は、オッサン、オバちゃんがコントロールすることなく、自分たちで、私たちが想像を超えるようなパフォーマンスをしていると思う。そんな時代であってほしい。

 




 

昨晩は、なぜか偶然にも、私と娘二人だけの夜ゴハンとなった。

「何食べたい?」

「これとこれとそれ」

リクエスト通り、スーパーで買い物をして、彼女はチャチャッチャと料理を作り始めた。

私は側で、ビールとウニクラゲをツマミながら晩酌。

彼女の作ったゴハンは、とてもおいしく、見た目も凝っていて、おまけにデザートまでも。

「一杯飲むか?」

と、グラスを差し出す。

別れの前の日、記念にと乾杯をしようと・・・。

 

「いらんっ」

まあ、ドラマのような設定にはなりませんね。

 




 

次の日の朝、彼女は帰りの挨拶を仕事場まで来てくれた。

私は好物のキットカットと1000円をあげた。ニコッとして足早に出発。

次回会えるのは年末。

今日も雨だった。


つぼみがいつか溶け出すように、

オマエの花を咲かせない。

いつかどこかで、誰かと巡り合うでしょう

そしてステキな花を咲かせなさい。

たとえ傷つくことがあっても、

愛さないよりステキやで

どうか忘れず、父さんからの贈り物。

 

どんな形でもいい、また帰っておいで。金はないけど。素敵な空間はたっぷりあるよ。

父より。バイバイ!


 

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