投稿日 2016-09-25
プロセスの共有はやめてください


「うちの子供に農業を勧められない」

こんな言葉を正々堂々と放った先輩がいた。無性に腹が立った。

それは、とある農業の会議の真っ最中。地区で最上級に値する農業の専門会議であった。いわゆるプロ中のプロが集まる地区の農業論議の場であった。しかも、その発言をしたのは、座長であり、会長と呼ばれる人だった。

そこの場では、私は年齢的にも中ぐらいから下のランク。農業は年功序列があり、年齢が行けばいくほど、その発言効力は増していく。これが田舎の現実。「建設的なご意見よろしくお願いします」なんて嘘で、ただ時間つぶしのような会議だった。それでもなんとかお付き合いやしがらみがあるために出席をするが、まあ、良かったなんて言う会議はめったにない。

 

なぜこのようになるのか?

ひとつ。それは「農家ではなく行政がイニシャチブを取っている」

農業施策はもちろんあるが、農家が考えたことはひとつもなく、全部お役人任せ。

ひとつ「農家自身が行動に自信がない」

今まで農業には評価というものがなかった。横並びに安心する。

ひとつ。「失敗が怖い」

農村生活では、失敗談義などは長い間、失笑ネタとして扱われることある。

ひとつ。「考えが思いつかない」

今まで頭を使う作業をあまりやってこなかったため引出しがない。

ひとつ。「集団化してしまいがち」

ひとりで行動をしたことがない。

 

その他にもいろいろあるかと思うが、共通することは、プロセス作成が他力本願であること。


私は思う。

目的は、農業再生や、農地保全、人口減少の食い止め、活性化(活性化ってなんやねん?)なんです。これは間違いない。みんな誰もそう思っている。だから行政も支援できる。テッパンです。

でも会議っておかしくなるのか?

それは、目的だけじゃなく、プロセスまでも共有しようとすることだ。

ココが間違っている。

私は思うんですが、プロセスまで共有するとそれは上手い事いかない。人それぞれの考えや環境の違いがあるため、そこまで縛られると、目的前にいちいちチェックが入らないといけないのだ。プロセスの違いはあっていい。そこには人それぞれのペースとアイデアでトライできるからだ。高い確率で失敗もするがそれはいずれその人の財産になる。

反対に役人が作ったプロセスの失敗は財産にはならない。ただの酒の席のネタになるだけ。

農家がみんな小さな失敗をして積み上げキャリーアップして行けば必ずそれは、自分自身だけでなく、地域の財産になる。

それは結果、人づくりのスキルとなるはずだ。

 

農家は農業以外の失敗をもっとしなければならない。

オレはそう思う。

これを見ている先輩農家さん。あなたの事ですよ。

もう横並びはやめましょう。

プロセスの共有はもうやめてください。

目的はあなたと同じです。

先輩、もっと恥かいてください。

僕がフォローします。

昔から言うじゃないですか

「失敗は成功のもと」

「しくじるは稽古のため」

「七転八倒」

最後に僕の好きな言葉です

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」

お待ちしています


 

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