投稿日 2017-06-22
パグパグ畑には神様がたくさんいます。



うちの庭には小さな社の氏神様があります。
引っ越しをしたときに集落で最も古い氏神様と聞いた。「いくらお前の敷地内でも勝手なことをしてはいけないぞ」と長老から言われたものだ。いまでも普段の掃除と、満月の日にはお団子をお供えしている。そして年に一度、〇〇家一族の面々がぞろぞろとやってくるのが習わしである。

石を重ねたもの、赤い鳥居、田んぼの中のこんもりした森、山の頂の小さな社、至るところに神社はあります。神社のある風景、それは身近な、日本にしか見られない独特の宗教的風景です。

もともと、私の実家では仏式で信仰が行われていたが、数年前、実は私は「吉永家」の血縁ではないことを知らされた。それまでは先祖供養や墓参りといった一般的な行事を仏式でやっていたが、なぜかその告白を聞かされた時からぷつっと切れてしまった。仏式とは簡単に言えば、お釈迦様を奉るもの。先祖は皆お釈迦様となり一律の待遇であの世の生活にいくのだと理解している。

的外れなのかもしれないが、私の中の宗教はあの時から完全に「神道」に変わった。

神道は、日本人の暮らしの中から生まれた信仰といえます。遠い昔、私たちの祖先は、稲作をはじめとした農耕や漁猟などを通じて、自然との関わりの中で生活を営んできました。自然の力は、人間に恵みを与える一方、猛威もふるいます。人々は、そんな自然現象に神々の働きを感知しました。また、自然の中で延々と続く生命の尊さを実感し、あらゆるものを生みなす生命力も神々の働きとして捉えたのです。そして、洗礼された山や岩、木や滝などの自然物を神宿るものとしてまつりました。やがて、まつりの場所には建物が建てられ、神社が誕生したのです。このように、日本固有の信仰は、仏教に対して神道という言葉で表わされるようになりました。

神道の神々は、海の神、山の神、風の神のような自然物や自然現象を司る神々、衣食住や生業を司る神々、開拓の神々などで、その数の多さから八百万の神々といわれる。

神道の信仰が形となったものが祭りです。祭りは、稲作を中心に暮らしを営んできた日本の姿を反映し、春には豊作を、夏には風雨の害が少ないことを祈り、秋には収穫を感謝するものなどがあり、地域をあげて行われます。祭りの日は、神社での神事に加えて神輿や山車が繰り出し、たくさんの人で賑わいます。また、家庭では、神棚の前で家の安全、家族の無事を祈ります。これも小さな祭りです。農村で暮らしていて神様に出会う機会が頻繁にあります。特にうちの地域の神社は年に11回ものお祭りがあります。ということは11個の神様が祭られていることになります。それぞれの神様を当番制で、代々受け継いできました。そして氏子と呼ばれる家庭に持ち帰り、小さな神様を宿らせていただくこととなります。

神道のもつ理念には、昔から培われてきた庶民の叡智や価値観が生きています。それは、鎮守の森に代表される自然を守り、自然と人間とがともに生きてゆくこと、祭りを通じて地域社会の和を保ち、一体感を高めてゆくこと、子孫の繁栄を願い、家庭から地域、さらには皇室をいただく日本という国の限りない発展を祈ることなどです。このような理念が、神々への信仰と一体となって神道が形づくられています。また、神道には、神々をまつる環境として、清浄清潔を喜ぶという特徴があります。神社は常に清らかさが保たれ、祭りに参加する人たちは必ず心身を清めます。これら神道の理念や特徴は、日本人の生き方に深く影響しているといえる。

神道は、日本人のたくさん暮らしにとけ込んでいます。たとえば、初詣や厄除、初宮参りや七五三、結婚式や地鎮祭など、神道の行事は日常生活のいたるところに見かけることができます。しかし、一般の日本人は、あまりにも身近なせいか、神道について知らないことが多いのではないでしょうか。

家内安全、子孫繁栄など、キリスト教、仏教、イスラム教・・・どの宗教も中身はどれも理念はさほど変わらない。作法や手法が違うだけ。その人の暮らしに何がマッチするかだけである。
 
山、石、水、火、木、月、太陽・・・自然の中に八百万の神様がいる。現在、百姓の私には「神道」がしっくりくるだけである。そして今日も山を向いて柏手を打つ。ぱんぱんっと。

アナタの中には神様はいますか?


 

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