投稿日 2018-02-12
「手は心とつながっている」


民芸という言葉が好き。

陶芸家の河井寬次郎、濱田庄司らが作った造語です。特別なモノじゃなく、日常に溶け込む、素朴で控えめな、いかにも日本的な物。

彼らは、日本を「手の国」と言ったそうだ。とても心に響いた。

営々と培われた手の技が、技術の高い日本という国を繁栄してきた。が、今は廃れていく手仕事に影が押し寄せ、失われていく手仕事がたくさんある。それは人間が機械に使われ、働く喜びをなくした近代への変貌なのか。今、日本の物づくりの現場がどうかしてないだろうか。鉄鋼、金属大手メーカーでデータの改ざんが相次ぐ。日本経団連会長のお膝元の企業でも不正が発覚。自動車メーカーでも無資格検査が長期間行われていた。手仕事の「手」は、手間を惜しまぬ手、妥協を許さぬ手のことだろう。手塩にかける。手腕を 発揮する。手本になる、すべて「手」に由来する

大好きだったドラマ、大企業に相手に、技術力で勝負する「下町ロケット」では、「製品の最終判断は手作業による点検が必要」「人の手で触れ、目で判断する感覚を大事にしている」と。

農業の世界も今やITやロボット、ドローンといったものも進出してきている。もちろん、時と場合では必要だったりもする。だが、現実は職人や農家の手仕事が徐々に奪われ、軽んじられている場面も多々ある。本当にそれらに依存していいんだろうか?

農業の世界では、私は若い農業者にはこう言う。「癖をつけなさい」と。早起きする癖、観察する癖、暑さ寒さに耐える癖、土や植物に話しかける癖。どれも曖昧で抽象的な事ばかり。でもそれらはコンピューターも上回るハイスペックな性能を持ったお百姓という身体になる。こういうことは時代遅れだと重々承知もしている。でも、そういうことを突き詰めると、おもしろい、個性のある農家がきっと生まれるに違いない。マニュアルではない、その人が感じ、泥まみれになり、時間をかけ、探究して、汗をかき作り上げた品物になる。きっとなるはず。サイドメニューとして文献やインターネットも使い、頭の中の奥へそっと入れて置く。時々、頭の引き出しから出してくるだけなのである。すべては五感ありきなのである。本能をフルに使え!と、若い農家には伝えたい。

「手は心とつながっている」柳宗悦の持論。手仕事をおろそかにするのは、モノづくりの心を粗末にしてはないだろうか?

布団職人、枕職人、大工さん、左官屋さん、竹かご職人、板金職人、杜氏、陶芸、鍛冶屋・・・・。どれも生活に欠かせないものばかり。ライバルはホームセンターなのである。

手仕事というものに、今一度脚光が浴びる日を夢見て。

 

PS 先日綿布団を打ち直してもらったら・・・・たまげるぐらい気持ちいい!!!!


 

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